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宮日美展無鑑査50年を記念し、宮日会館で個展を開いている 石井秀隣(いしい・ひでさと)さん

2015年3月6日
 「2年ほど前から、描くのが本当に楽しくなった」。宮日美展絵画部門での無鑑査入りから半世紀を迎える県内美術界の重鎮だが、創作意欲は全く衰えていない。

 1956(昭和31)年に初特選を得た同美展には、翌年、高校の美術教諭になって以降も出品を続けた。勤務を終え夜に創作する生活は楽ではない。しかし、「自分の感覚で生徒の作品を批評するので、見る目がなければ若い才能をつぶしてしまう。感覚を敏感に保つために創作が必要だった」。同美展を、自分の考えが正しいことを確認する場として捉えた。

 66(同41)年に当時最年少で無鑑査入りを果たした後も、「絵に現状維持はなく、あるのは落ちるか伸びるかだけ。ほかの人の指標となる作品を出さなければならない」という責任感から描き続ける。同美展への無鑑査出品は、現在まで一度も欠かしたことがない。

 半世紀以上、一貫してテーマに捉えるのは「命の尊さ」。空襲で同級生を亡くした体験から、当初は簡単に人の命が失われる戦争に反対する思いを絵に込めていた。その後、自然を破壊し命を奪う愚行への抵抗を表現。そして現在、さまざまな事件を見聞きし、「再び人の命が軽んじられる時代になった」と感じながら筆を執る。今後も「絵で社会に警鐘を鳴らしていく」と、表現者の歩みを止めるつもりはない。

 週5日は近くのジムに通い、体を鍛えている。「大作は体でぶつかっていかないと描けない。死ぬまで枯れずに創作し続けたい」。故郷の高鍋町小丸上に暮らす。80歳。

 
(文化部・成田和実)

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