屋久島営林署長を務めて以来、20年ぶりの九州勤務。東北森林管理局長から熊本市の九州森林管理局に着任しただけに「やはり暑さが違う」としつつ「九州は日本の林業のトップランナー。そこで仕事ができるのはうれしい」と意欲を語る。
幼い頃から野球一筋で、六大学野球でプレーしたいと東大に進学。野球に打ち込む一方、農学部で学んだ森林管理に興味を持ち、1987(昭和62)年に農林水産省に入省し森林畑を歩んできた。
木材産業課長時代、東京五輪・パラリンピックに向けた木造施設建設を計画していたところ、国立競技場建設案見直しの一報が届いた。「ここはチャンスだ」と思い立ち、47都道府県の木材を使った競技場建設を推進。「短期間で設計に沿う木材を調達するのは大変だったが、やりがいを感じた」と振り返る。
仕事の信条は「現場主義」。各地の森林管理署などを回り、現場で働く職員の意見を直接聞いてきた。「組織の統廃合などで地域とのつながりの維持が大変」といった声に自らの経験を交えて助言し、円滑に働けるようサポートに徹する。
29年連続スギ丸太生産量日本一の本県については「生産や加工で実力ある林業関係者が多い」とし、さらなる成長支援に力を注ぐ考えだ。宮崎市の宮崎自然休養林の整備など、森林との触れ合いを通じた環境教育もテーマに掲げる。
現在も白球を追い、職場の野球チームにも参加。「試合後のお酒も楽しみ」。妻と子ども3人を東京に残し熊本市に単身赴任中。神奈川県平塚市出身。57歳。