再三の好セーブを見せ、今季最終戦の勝利に貢献した。「宮崎の誇りとなれるようなチームを目指す」。試合後、32歳の主将は力強く、2千人超のサポーターの前で新たなステージに向けた目標を誓った。
2017年に加入したゴールキーパー。翌年の日本フットボールリーグ(JFL)初年度は負けが込み、シーズン途中で監督も辞任。「選手としてふがいなかった。あんな思いはしたくない」。一時は降格圏に落ちながらもチームを鼓舞し続けた。この年12位、昨年は5位と順位を上げ、迎えた今季。コロナ禍で無観客試合も続く中「勝ってサポーターに感謝を伝えよう」と仲間と声を掛け合い、勝ち星を積み重ねた。
サッカーどころの静岡県藤枝市出身。小学3年で競技を始め、東海大卒業後にJFLのホンダロックを経て、25歳の時に讃岐(香川)へ。この時もJリーグ昇格を果たしたが、その後3年間で公式戦出場5試合にとどまり、16年のシーズン後に戦力外となった。「引退も考えた」矢先、テゲバジャーロ宮崎の柳田和洋代表(当時)から誘いを受けた。「『J空白県にチームをつくりたい』と熱く話す姿に心を打たれた」と、再び宮崎の地を踏んだ。
現チームで最も「古株」の一人で、主将も通算3年目。「宮崎にJチームができることがうれしい」と心から思う。22日の悲願達成の瞬間はこれまでの道のりや苦労を思い起こし、涙で顔をくしゃくしゃにした。好物はシーズン中、摂生のため口にしなかったチキン南蛮。「やっと食べられる」と笑顔を見せた。宮崎市在住。