勉強の合間に練習を重ねて迎えたスピーチコンテスト当日、イスラム教徒であることを理由に周囲から受けた差別や偏見などの経験を織り交ぜ、互いの文化を理解する大切さを感情込めて訴えた。「同じ境遇の人たちの分まで『私が伝えなきゃ』という一心だった。本番での緊張は吹き飛んだ」
パキスタンで生まれ、日本で働く父の元へ11年前に家族で移住。8歳の頃から宮崎市内の小学校に通い始めたが、当初は言葉の壁があり、なかなかクラスになじめなかった。頭を覆う「ヒジャブ(スカーフ)」を身に着けた外見や、豚肉を食べないなどの習慣に、無理解な言葉を投げ掛けられたこともあった。
転機が訪れたのは小学3年の時。母国のことなどを調べてポスターにまとめ、授業内で発表する機会をもらい、それがきっかけでクラスメートとの距離がぐっと縮まった。「相手に文化などを理解してもらえないのは、それまで学ぶ機会がなかったから。説明して自分から働き掛ければ、受け入れてもらえると気付いた」と振り返る。
三股町・都城東高の2年生。7月末から大会への準備を始め、クラスメートの前で披露しながら、表現力を磨いた。「優勝は驚いたけどうれしかった。今までで一番良いスピーチができた」と笑顔を見せる。
イスラム教徒の女性が出産する際は女性医師しか分娩(ぶんべん)に対応できないことになっており、日本で妹を産む時に苦労した母の姿を見て「地域の女性たちのために産婦人科医になりたい」と夢を抱いた。18歳。