小林市役所を3月に定年退職したのもつかの間、副市長に就任した。4月に無投票再選した宮原義久市長から打診を受け、しばらくは「自分でいいのか」と葛藤。しかし「声をかけてもらえたのは名誉なこと」と重職に挑む覚悟を決めた。その原動力となったのは、生まれ育った旧野尻町が掲げた「フロンティア精神」だと感じている。
小林高、日本体育大を経て町役場入りし、市との合併時には合併協議会事務局に派遣された。二つの行政機関をどう統合するか、毎月の協議会に提出する資料作成に追われる毎日。その中で施策を手厚くしたり経過措置を設けたりすることで、市民と町民の双方に不利益が生じないよう腐心した。
現在、市は他の市町村と同様に人口減少に直面しており、UIターンなどの移住者は「既に自治体間で奪い合いになっている」。子育て環境の充実はもちろん、基幹産業の農業への就農支援、若者が働きたいと思える企業の育成が今後の鍵と見据える。
副市長の最大の務めは、現場の職員をまとめることと捉える。子育てや防災、福祉などの多様な課題に対して「横断的な連携が今まで以上に必要になっている」。”オール市役所”の態勢強化を目指す中で吸い上げた職員の提案、市民や関係団体から寄せられる意見をまとめていくことが、「対話と決断」を掲げる市長を支える上でも重要と考えている。「現状に満足せず、常に挑戦する気持ちで臨みたい」
趣味は庭いじり。今の時季はユリやバラの生育を楽しみにしている。三ケ野山で妻と次男と暮らす。60歳。