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全国和牛能力共進会(全共)で「チーム宮崎」の指揮を執った 長友明博(ながとも・あきひろ)さん

2022年10月12日
 「日本一の努力と準備」をスローガンに掲げ、大きなプレッシャーがかかる全共鹿児島大会で、4大会連続の内閣総理大臣賞などの結果を出した。「出品者と牛が最高のパフォーマンスをしてくれた。頼もしく素晴らしいチームだった」と大会を総括する。

 宮崎大大学院を中退し、全国和牛登録協会(京都市)入り。帰郷後の1989年から同協会県支部で働く。初めて全共の責任者を務めた97年の岩手大会では、目標だった全区での優等賞獲得を達成した。

 しかし、2002年の岐阜大会で挫折を味わう。飛躍を誓って挑んだが、結果は優等首席ゼロ。当時、同支部長だった故江藤隆美氏からかけられた言葉は今でも忘れられない。「農家のためにしっかり仕事をしろ」

 近年の大会では出品牛を磨き上げるため、県の代表牛決定後は生産者をくまなく巡回指導。全共1年前には本番を想定したプレ大会を開催するなど、全共で戦える体制の構築に心血を注いできた。

 今大会、県勢には、出品者やJA技術員に若手が目立ち「手応えや悔しさを味わったことを自分の財産と捉え、この結果に満足することなく、今後の牛づくりにつなげてほしい」と期待を込める。

 農家の長男だが、大学浪人を許し、憧れだった和牛の世界に送り出してくれた父義昭さん(86)には感謝しかない。今月末に誕生日を迎える父に「最高の親孝行ができた」と笑みがこぼれる。7月から全共のために休んでいたスポーツジム通いと庭いじりを再開する予定。宮崎市熊野で妻と2人暮らし。60歳。

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