ホーム くろしお

老犬に胸キュン

2023年1月19日
 その人が、お気に入りのおそば屋さんへと車を走らせていると、目の前を自転車に乗った高齢男性が通り過ぎた。自転車の荷台にはこれまたかなり年老いた一匹の犬。男性の背中に両前足をかけ立っていた。

 その人は、一瞬見ただけのその老犬を勝手に「権助」と命名。男性は妻と死別してからずっと犬と”ふたり暮らし”をしていて、いずれ男性が亡くなると「権助」も後を追うように息を引き取るのだ―と空想を膨らませ「涙が出るほど胸がきゅんとなった」らしい。

 その人とは、先日亡くなった音楽家の高橋幸宏さんである。「イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)」のドラマーとしてだけではなく、ファッションデザイナーや文筆家などとしても活躍した。冒頭の逸話は、著書「ヒトデの休日」(ジック出版局)の中のものだ。

 いろんな分野で活躍した高橋さん。その裏には、才能だけでなく、高齢男性と老犬のエピソードのように繊細な想像力があったのだろう。多くの人が哀悼の言葉を述べているが、俳優の竹中直人さんの「本当に本当に沁(し)みるほど優しい人」というのが、高橋さんの人となりを言い表している気がする。

 くだんの著書は30年以上も前のもの。その中で「僕も年老いたら、犬と一緒に残された日々をかみしめたい」といった内容のことをつづっていた。その願いはかなったのだろう。高橋さんの晩年のインスタグラムには愛犬の写真がたくさんアップされていた。

このほかの記事

過去の記事(月別)