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長い時を経て開かれた扉

2023年3月14日
 「60年俳優をやってきた中で、私にとって記念碑的な作品です」。今からちょうど10年前、俳優の仲代達矢さんがこうコメントした作品。それが、映画「約束―名張(なばり)毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯」である。

 戦後唯一、無罪から一転、死刑判決が言い渡された同事件を題材にした作品だ。独房から無罪を訴え続けた奥西勝元死刑囚を演じた仲代さんと、息子の無実をひたすら信じる母親役の樹木希林さんの抑制の効いた演技が作品に重みを与えていたのが印象的だった。

 奥西元死刑囚は、再審がかなわぬまま8年前に死去した。この事件が起きたのは1961年。その5年後、静岡県のみそ製造会社の専務宅で一家4人が殺害される事件が発生。従業員だった袴田巌さんが逮捕、起訴され、80年に死刑が確定したが、無罪を訴え続けてきた。

 この件に関しては、2014年に静岡地裁が再審開始を決定。袴田さんの死刑と拘置の執行も停止し、袴田さんは釈放された。しかし4年後の18年、東京高裁は静岡地裁の決定を取り消して、再審開始を認めない決定をした。その2年後今度は最高裁が東京高裁の決定を取り消し審理を差し戻した。

 静岡地裁の再審開始決定から9年、死刑確定から43年。ようやく開かれた再審の扉である。かくなる上は速やかな審理が求められよう。くだんの奥西元死刑囚は89歳で死去している。今月10日に誕生日を迎えた袴田さんは現在87歳。残された時間は多くない。

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