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「回り道」が生んだ治療

2023年3月19日
 南米のインカ帝国では、人為的に穴を開けた頭蓋骨が多数見つかっている。精神疾患は当時、体内の悪魔や悪霊が招いたものとされそれを取り除こうとした手術痕だ。何とも野蛮で原始的かと驚くほかない。

 だが近代以降も、心を病んだ患者たちは、今では信じられないような手荒な医療行為の対象にされてきた。人権感覚の乏しい時代の犠牲者だろう。先日、宮崎市の精神科医が自身の72年の生涯をつづった1冊の本が届いた。タイトルは「ウォーク・ドント・ラン」。

 著者は21年前に宮崎市役所前にクリニックを開業し、現在はウエルフェアみやざき総合研究所所長を務める細見潤さん。ベンチャーズの名曲にちなんだ題名は「急がば回れ」の意だが、その人生を象徴しているかのよう。特に高校大学時代のエピソードは自由奔放そのもの。

 これからの読者のために詳述するのは控えるが、”必笑”間違いなしだ。旅行やバイト先での珍体験や交友関係。興味の向くままあちらこちらへ回り道。一直線ではない経験と自由な精神が根底にあるから、後に患者中心の医療を次々と生み出して地域の信頼を得るようになったのだろうと納得した。

 趣味のギターで患者さんとバンドを組む、職場の憩いスペースにビリヤード台を調達する―。理由は「僕がやりたかったから」。楽しい場所は人を呼び寄せ、患者の自信回復も後押しした。人権を取り戻す医療の実現には、回り道を共に楽しむ精神も一役買った。

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