ホーム くろしお

自分の分身とせず

2023年4月7日
 若者の“出世離れ”がいわれて久しい。昨年、民間企業が行ったアンケートで若者の7割以上が「将来役職者になりたくない」と回答。「責任のある仕事をしたくない」「私生活が大事」などが理由だった。

 60年以上も前、その人は入社試験の面接で「希望は何か」と問われ「役職につきたくない」と答えた。そこまでは今の若者と同じだが、理由は違った。「人を指導するのが不得手で、自分で何かをするのが非常に好きだから」。生涯現役にこだわったのだという。

 人に命令したり、人を指導するのが苦手だと自認していたその人は一方で、というより、そんな人だったからかもしれないが、動物と真摯(しんし)に向き合い心を通わせることにおいては傑出した才能を持っていた。5日に亡くなった「ムツゴロウ」こと作家の畑正憲さんである。

 畑さんにとっての動物の位置付けは「人と同じ」。それは「人に対するのと同じように感情移入する」ということではない。親子や夫婦でもある程度距離があった方が健全であるように、動物を自己の分身としないことが肝要という、畑さんの持論だった(「ムツゴロウのどこ吹く風」潮出版社)。

 若き日に面接試験で宣言した通り「生涯現役」を貫いた畑さん。そのとき入った会社は途中で辞め作家に転じた。だがそのまま続けて、たとえ役職が付く身分になったとしても、その人柄から後輩や部下に慕われ企業人としても成功したであろう人の死を悼む。

このほかの記事

過去の記事(月別)