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胸のすく取り組み

2023年5月13日
 今年のNHK大河ドラマの主人公・徳川家康。その最期が「鯛(たい)の天ぷらにあたった」ことによるというのは、わりと知られた話だが俗説らしい。そういったものを食べたのは事実でも、死因ではないという。

 一方、鯛ではなく赤貝によって命を失った文人がいる。大正、昭和期に活躍した小説家、劇作家で俳人の久保田万太郎だ。60年前の5月6日夕、画家・梅原龍三郎の家で赤貝のにぎり寿司を食べたところ、喉に詰まらせ亡くなった。これは紛れもない事実である。

 「俳句は余技」と言っていた久保田だが、味わい深い句を残している。。その一つに〈夏場所やもとよりわざのすくひなげ〉がある。ひいきとしている「すくい投げ」を得意とする力士が見事、その技で勝ったというだけの句なのだが、初句の「夏場所や」が効いている。

 これが初場所や秋場所では、しっくりこない。豪快な技で勝った後の爽快感にマッチするのはやはり「夏」だろう。H氏賞受賞詩人の清水哲男は、現在でも夏場所が特別視されるのは、その昔、神社などの営繕資金を募った勧進相撲の名残りだからという。昔は本場所は初場所と夏場所だけだった。

 その夏場所があす初日を迎える。先場所1年ぶりに勝ち越した琴恵光関や、先場所、先々場所と連続で勝ち越している幕下の琴砲(ことおおづつ)さんらの健闘が楽しみだ。〈夏場所やもとよりわざの〉の後に、それぞれの得意技を入れて夏にふさわしい胸のすく取り組みを―。

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