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黙殺された請願書

2023年7月18日
 「トリニティ(三位一体)実験」という。1945年の7月16日、米国はニューメキシコ州の砂漠において史上初となる原爆の実験を行い、そして成功した。ゆえにこの日が「核の時代の幕開け」といわれる。

 その翌日、つまり7月17日に、ある1通の請願書が作られた。請願の相手は当時のトルーマン大統領。書いたのは、原爆の開発に携わったハンガリー生まれの科学者レオ・シラード。内容は「日本への事前警告なしに原爆を投下することには反対」というものだ。

 この中でシラードは、戦争終結に原爆は効果的であるとしつつも「しかし、そうした攻撃は正当化されないと感じている」と主張。さらに「ひとたび戦争の道具として導入したら、その先長きにわたって原爆を使いたいという誘惑に抗(あらが)うことは困難となるでしょう」とも。

 来たるべき時代を的確に予言したかのような説得力のある内容は、原爆開発に関わってきた者ならではのものか。この請願書、最終的にシラード以外に69人の科学者が名を連ねた。だが、これが大統領に届けられることはなかった。つまり握りつぶされたのだ(大平一枝著「届かなかった手紙」)。

 もうすぐ8月。原爆といえば即座に6、9日が頭に浮かぶが、かの惨劇に至るこうした経過も覚えておきたい。シラードの「原爆を使いたい誘惑」どころか、さらに威力のある核兵器の使用の誘惑に抗おうともしないかのような為政者がいる時代を憂いつつ。

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