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どんなに傷を負っても

2023年8月18日
 お盆を襲った台風7号は広範囲にわたって大きな被害をもたらした。交通機関への影響もしかり。きのうまで新幹線の一部でダイヤが乱れるなどし、多くの人が帰省、Uターンの計画変更を余儀なくされた。

 「台風」という言葉が国内で使われ始めたのは、大正時代という。歌人・与謝野晶子の大正3年の随筆に「台風という新語が面白い。立秋の日も数日前に過ぎたのであるから、従来の慣用語でいえばこの吹降(ふきぶり)(激しい風を伴う雨)は野分(のわき)である」と書かれている。

 この年に第1次世界大戦が勃発。晶子は「欧州には今、戦争という恐ろしい台風が吹いている」とした上で「今度の戦争は、これが最後の戦争となるほど敵も味方も傷を負うことで、野蛮な武力の競争が永遠に廃絶する土台となればいい」という趣旨のことを書いている。

 なかなか過激だが「君死にたまふことなかれ」の作者の言葉であることを考えると、納得できる。「君死にたまふ―」は日露戦争のときに書かれたもの。相次ぐ戦争に「いっそのこと二度と戦争をする気にならないくらい、ひどい戦禍を経験すればいい」という晶子の気持ちは分からないではない。

 世界が大きな傷を負った第1次大戦の終結からわずか21年後、今度は第2次世界大戦が勃発(ぼっぱつ)。核兵器の惨禍まで体験したにもかかわらず「武力競争の廃絶の土台」とはなり得ず、今も戦争や紛争は絶えない。晶子は人間の学習能力を過大評価していたようだ。

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