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羊のドリー

2023年9月20日
 イアン・ウィルムット博士。と聞いてもぴんと来る人はいないだろう。それでも「羊のドリー」と聞けば「あのクローンの」と思い出す人は多いはずだ。ドリーの生みの親である博士が先日79歳で亡くなった。

 クローンの本来の意味は挿し木。生物クローンは元の生物固体と同じ遺伝情報を持つ。未受精卵を用いた核移植や受精卵を用いた胚分割によって作られる。ほ乳類のクローンとしては世界初のドリーが誕生したのは1996年。世界中で激しい議論の的になった。

 技術的には人間でも可能かもしれないが、公開されている限りでは成功例は聞かない。クローン人間は法的に、また宗教や倫理的に否定的な意見が圧倒的だ。「権力者が分身をつくる」「同じ姿形した人間がいると区別がつかない」「生命への冒涜(ぼうとく)だ」などの反対意見が強い。

 ただ禁断のテーマだけにSFの世界では妄想をかき立てられるようで、クローン人間を扱う小説や映画は多い。近年ではカズオ・イシグロさんの小説「わたしを離さないで」を原作とする映画やドラマが問題の本質に迫っていた。臓器提供のため人工的につくられたクローン人間の心情がせつない。

 もっとも研究グループのリーダーだったウィルムット博士は、人のクローンは想定しておらず議論を不快に思っていたらしい。クローン技術自体は、難病の治療や絶滅動物の再生などで期待される面もある。挿し木のように福音だけを増やしたい科学技術だ。

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