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「怨」の旗

2023年10月4日
 「怨」。紺地の旗に白く抜いた文字が病気に苦しんだ人々の深くよどんだ怒りを表している。熊本県水俣市にある市立の水俣病資料館の展示物。怨の旗は水俣病訴訟のシンボルとして各地の裁判所に翻った。

 4大公害病の一つとして知られる水俣病。この夏、初めて同資料館を訪れた。隣県にもかかわらず、これまで水俣病の歴史にきちんと向き合ってこなかったことに負い目を感じていたからだ。道の駅、競技場、公園などでにぎわう「エコパーク水俣」に資料館はある。

 この場所こそ最も水銀値の高い汚泥がたまった湾を埋め立てた場所。同館では水俣病の歴史がパネルや写真、ビデオなどで学べる。平穏だった漁村。初めはネコや鳥に異変が生じた。やがて原因不明の症状を訴える住民が次々と現れて、水俣病が公式に確認されていった。

 しかし経済を優先する社会の中で適切な対応が遅れ、工場からの排水が続いて被害が拡大。当初、行政のあっせんで企業と被害者の間に見舞金契約が結ばれたが、後に混乱の元となる過程は高千穂町で起きた土呂久鉱害をなぞるようだった。同資料館では被害者の認定、裁判についても解説している。

 企業が大きな存在だったため、市民を分断した公害。環境復元と共に、同市が懸命の努力を続けてきたのが市民の融和だった。先日、大阪地裁で国の救済範囲の対象を幅広く解釈する判決があった。この美しい土地から「怨」がすべて消えることを願っている。

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