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クマの側に立った物語

2023年12月14日
 子どものころに読んだ本に出てくるクマは、金太郎と相撲を取ったクマに代表されるようにどれも愛きょうがあった。そのため幼稚園のころだったか、椋鳩十の「月の輪グマ」を読んだときは衝撃を受けた。

 人間に連れ去られそうになったわが子を助けるため、高さが30メートルもあろうかという崖から滝つぼ目がけて飛び込む母グマ。そのリアルなクマの姿は、迫力に満ちた文章もあいまって、それまでのおとぎ話や絵本で蓄積されたクマのイメージを覆すには十分だった。

 先日「月の輪グマ」を含め、クマが登場する椋鳩十の物語9編を読み返した。厳しい自然の中で、脅威である人間と時に戦い、時に知恵比べをしながらたくましく生きるクマたちの姿は今読んでも胸を打ち、狩人に追われる場面などでは思わずクマの方を応援したくなる。

 今年、クマによる被害が過去最多となった。椋鳩十の一連のクマの物語を読むと、本来臆病なクマは、好きで人間の生活空間に足を踏み入れているのではないことが分かる。クマがそうなってしまったのは、人間に起因するところが多いのだろうが、だからといって被害を見過ごすこともできない。

 今の時季は七十二候の「熊蟄穴(くまあなにこもる)」。クマが冬ごもりに入るころで、クマが生息する地域は一息つけるだろう。来春に向け人間とクマとの間の”不幸な関係”が少しでも解消されるよう、今のうちに共生への対策を具体的に考えなければ。

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