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時間によってつくられる顔

2024年1月30日
 大正から昭和の初めにかけ活躍した小説家・鷹野つぎはエッセーで、およそ20年ぶりに再会した郷里の学校時代の友人について書いている。息子を大学に入学させるため上京した際、訪ねてきたのだという。

 20年という長い歳月を経て、久しぶりに見た旧友が昔の面影を色濃く残していたことについてこう記している。「彼女の若い日のおもかげに、そのままゆるやかに年齢の影を宿しているような、その穏やかな変化を指していってるものと思っていいであろう」と。

 その上で「彼女には時に虐げられたり抗(さか)らったあとが見えないのだった」と結んでいる。子ども6人が早世し、一時は生活も困窮していた鷹野からすれば、うらやましさもあったろう。要は年を重ねた人の顔には、その人が歩んできた人生が凝縮されているということか。

 この男は晩年どんな顔になっていたのだろう。若いときの顔は多くの人が見ているはずだ。50年前に起きた連続企業爆破事件の一つに関与したとして、指名手配されていた桐島聡容疑者だ。その桐島容疑者を名乗る男がつい先日、見付かったものの、すでに末期がんで病床にあり、きのう死亡した。

 あくまで本人だとすればだが、半世紀もの間どんな人生を送ってきたのか。その結果あの「指名手配ポスターの男」の風貌はどうなっていたのか。もはや知るすべはないが男は死ぬ前、警察に事件について語ったという。せめてそれだけでも知りたいと思う。

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