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首相秘書官発言

2023年2月7日
◆政権の人権感覚が疑われる◆

 これほどの差別と偏見に満ちた発言が首相官邸の中枢から飛び出すのは極めて異例と言える。人権感覚が疑われる許しがたい暴言で、岸田文雄首相が更迭したのも当然だ。

 岸田首相の秘書官の荒井勝喜氏が、LGBTなど性的少数者や同性婚の在り方を巡り「隣に住んでいたら嫌だ。見るのも嫌だ」などと記者団に述べた。非公式取材の場だったとはいえ、発言の重大さに鑑み、各メディアが一斉に報道した。事態を重く見た岸田首相は直ちに秘書官の職を解くことを決断した。

 荒井氏は経済産業省出身。2021年10月の岸田政権の発足に伴い、同省商務情報政策局長から首相秘書官に就任した。主に官邸の情報発信の要でもあるメディア担当だったという。

 深刻なのは、発言が首相の政策判断を補佐し、24時間、365日支える高官から発せられた点だ。官邸自体がこうした差別意識を持っていると誤解されかねない危うさをはらむ。

 その意味で、荒井氏が同性婚制度に関し「(首相)秘書官室は全員反対で、私の身の回りも反対だ」、導入された場合は「国を捨てる人、この国にいたくないと言って反対する人は結構いる」と語っていることは見過ごせない。それが事実ならば、首相が掲げる「多様性が尊重され、全ての方々の人権、尊厳を大切にする共生社会」の実現は望むべくもないからだ。

 岸田政権の人権感覚が問われたのは今回が初めてではない。昨年の内閣改造で、過去に性的少数者を「生産性がない」と表現、性暴力被害を公表したジャーナリストを中傷するツイッターの投稿に「いいね」を押したことなどが広く知れ渡っていた杉田水脈衆院議員を、総務政務官に起用したものの、結局、更迭に追い込まれた。一連の経緯を目の当たりにしていた秘書官は何を学んでいたのか。そもそも国家公務員としての資質が欠落していることを物語る。

 岸田首相は1日の衆院予算委員会で、同性婚の法制化を「極めて慎重に検討すべき課題だ」と答弁。その理由として「家族観や価値観、社会が変わってしまう課題だ」と表明していた。首相が荒井氏の発言を糾弾するならば、選択的夫婦別姓問題を含め、自身と政権の認識をより丁寧に説明する必要がある。

 21年の東京五輪・パラリンピックでも、大会組織委員会会長が女性蔑視発言で辞任するなど、人権問題で国家として国際的な信用を失墜させる混乱が表面化した。人権問題に甘い国という印象を払拭するのは容易ではない。社会の分断を助長する差別や偏見に立ち向かい決別するのは政治の要諦だ。首相の覚悟と行動が試されている。

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