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ワグネル反乱

2023年6月26日
◆プーチン体制の威信に陰り◆

 ロシアの民間軍事会社ワグネルが正規軍に公然と反旗を翻し、武力衝突の末に首都モスクワへ向けて進撃した。しかしモスクワまで200キロに迫った時点で進撃を停止、撤退するという結末を迎えた。ワグネルの創設者プリゴジン氏は説得に応じて部隊撤収を表明。一時は核兵器保有国で内乱に発展する事態さえ懸念された。

 プリゴジン氏はウクライナ侵攻後、ショイグ国防相らロシア軍指導部への批判を公然と繰り返してきた。弾薬や物資、雇い兵の地位をめぐり、衝突の危険をはらんで推移していた。

 プリゴジン氏はプーチン氏のサンクトペテルブルク時代から関係が深い人物。プーチン氏にすれば、飼い犬に手をかまれた格好だ。

 ワグネル部隊の撤収もベラルーシのルカシェンコ大統領が仲介した後だった。プーチン氏の統制力が低下し、威信に陰りが生じているのではないか。

 プーチン体制がすぐに崩壊へ向けて動揺する可能性は現状では低い。だがウクライナ侵略や旧ソ連圏の安定に及ぼす中長期的な影響を慎重に見極め、必要な対応を考えねばならない。

 欧米主要国の首脳が緊急に電話で会談したのも事態を重大視したためだ。プーチン氏もトルコや旧ソ連諸国の首脳に状況を説明した。体制動揺の疑念を払拭する切迫した意図があった。

 プーチン氏はウクライナ侵攻で長期戦に引きずりこまれた。制裁を受け、国際的な孤立を深めたのは誤算だった。ウクライナ軍の大規模な反転攻勢により守勢に回った戦局に、身内の反逆が追い打ちをかけた。

 プーチン氏は緊急にテレビで演説した。「いかなる国内騒乱も国家と国民にとって致命的な脅威である」と危機感をあらわにした。プリゴジン氏が「ロシア人の血が流れることに対する責任」に言及したのはプーチン氏の演説に呼応したものだ。

 プーチン氏は事後処理に一応は成功した。だが事前に危機の芽を摘み取れなかったことは深刻である。演説では「裏切り」を連呼し「報復」を誓った。

 プリゴジン氏は刑事責任の免除を交換条件に翻意を迫ったとみられる。断固として排除するより、取引による妥協に頼らざるを得なかったとすれば、そこにも体制の弱さを見いだすことができる。

 プーチン氏にとってワグネルは便利な存在だった。外国での戦闘は「民間会社の仕事であり、政府は関与していない」と言い張れたからだ。しかし、正体は政権の意を受けて「汚れ仕事」を遂行する実行部隊だった。合理性のないウクライナ侵略が体制の矛盾も暴く皮肉な結果となった。

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