処理水巡る日中対立
2023年9月12日

隣国だからこそ、理性的かつ胸襟を開いてじっくりと対話するハイレベルの外交が求められる。インドネシアで先週開かれた東南アジア諸国連合(ASEAN)プラス日中韓首脳会議などで、初顔合わせとなった岸田文雄首相と中国の李強首相。東京電力福島第1原発の処理水海洋放出を巡って応酬した。
岸田首相が国際基準にのっとり、安全性に万全を期していると訴え、日本の水産物の全面輸入禁止を撤回するよう求めた。これに対し、中国側は処理水を「核汚染水」と呼び、「地球規模で海洋の生態環境に疑念が生じた」と反論、溝の深さを浮き彫りにした。
今回の中国の措置は、科学的根拠を欠き、貿易によって圧力をかける「経済的威圧」で、大国にふさわしい振る舞いにほど遠い。日本側が即時撤回を要求したのは当然だ。交流サイト(SNS)をきっかけに、中国から日本への嫌がらせ電話が殺到したのも常軌を逸している。
岸田首相が中国の対応を「突出した行動」と評したように、中国の主張に同調する動きは広がっていない。ただ、水産物の全面禁輸という強硬手段に踏み込んだのは、日本国内の事情とは無縁ではないだろう。
2015年に政府と東電が「関係者の理解なしにいかなる処分もしない」と約束しながら、漁業関係者が反対を崩さず、国内世論が割れた中での海洋放出の見切り発車。さらに、担当閣僚の野村哲郎農相が「汚染水」と言い間違え、中国側に付け入る隙を与えてしまった面もある。
22年の日本から中国への水産物輸出は871億円、10都県の水産物を禁輸した香港へは755億円と全体の4割に上る。逆に中国の水産物輸入で日本の占める割合は3~4%とされ、日本側の経済的な打撃は段違いに大きいのも事実だ。
習近平国家主席による強権政治が際立つ中国とあって、振り上げた拳を下ろさせるのは容易ではない。だが、同様に反発していた韓国への対応は参考になる。専門家を招き、実際に福島第1原発の関連施設を視察してもらったプロセスは、韓国の理解を促すために有効だった。
中国は、繰り返し呼びかけている専門家による協議には応じていないが、粘り強く働きかけるほかない。同時に、海洋放出を厳格に監視し、検査データを情報開示する。
日中2国間の直接会談は、「立ち話」程度にとどまった。中国側の不合理で強引な手法に日本国内の世論が憤る気持ちも分かる。しかし、両国間のとげを抜くにはある程度の時間は必要だ。感情を排した対応と外交的な知恵が不可欠になる。