◆地域の持続性を高めよう◆
2024年が明けた。新型コロナウイルス禍を経て戦争や飢餓、環境破壊といった地球規模の危機が広がる。苦難をどう乗り越えるか、新時代を見据える目と行動が重要になる。
県内でも「地域の危機」という形で課題が示されている。人口減少と若者流出、その結果の過疎化。“少産多死多病”社会への危惧が色濃い。
本県の人口は1996年の117万人超をピークに減少。2030年までに100万人を割り込むとの推計が出ている。人口減少や少子高齢化に伴う悩みを真っ先に抱え込んでいるのが県面積の約9割を占める中山間地域である。中でも瀬戸際に立つのが、山深い小さな集落だ。
先祖代々暮らしてきた生まれ故郷を離れる無念さ、集落の弱体化を目の当たりにする切実さや不安は想像に余りある。完全なる瓦解(がかい)を招く前に、地に足の着いた地域振興策を進める年にしたい。いかに地域の活力を維持するか。具体策を重ね、衰退のトンネルから抜け出す光明を見いだそう。
共感と敬意
「不便」「条件不利地」など負のイメージがクローズアップされがちな中山間地域だが、自然と共に生きる暮らしと、そこで培われてきた精神性に改めて注目してもらいたい。利己主義や効率優先がはびこる現代社会においていま一度、見直されるべき財産と言える。
海や山を問わず、昔ながらの集落には伝統的な信仰の形が存在する。諸塚村・諸塚神社の甲斐秀樹宮司(64)は言う。
「自然の厳しさを知る先人たちは神仏に願い、敬うことを生活の根幹にしてきた。雷を荒ぶる神と捉えて鎮魂を祈願したり、折々の収穫期に感謝を伝えたり。私たちは一人で生きられる命ではない、神仏のおかげで生かされているという思いがここかしこにある」
自然への畏敬の念に抱擁された集落で、住民同士力を合わせ、伝統行事や芸能、草払いなど景観維持を続けてきた。信仰心に支えられ、継承されてきた一つが神楽である。
だが、舞い手、接待や準備など運営の担い手確保が難しく、コロナ禍が追い打ちをかけた。規模縮小や活動休止に踏み切る保存会が急増。22年度は203団体(県教委まとめ)となり、微減傾向が止まらない。
大願成就の時に限って不定期で奉納されることから、“幻の夜神楽”とも呼ばれる「桂大神楽」の保存会会長も務める甲斐宮司は続けた。「神楽は見せ物ではない。この土地で生活する者の血が流れている」。だから、神楽を舞えなくなるのは山里の精神が途絶えようとしていることでもある。神楽や風俗を単なる観光資源のコンテンツと捉えて表面的に継承推進を唱えるのでなく、その背後にある山里の精神文化への深い共感と敬意に基づく施策が必要だろう。
文化の集積
豊かな財産を引き継ぐためにも、若者の不本意な流出は防ぎたい。加えて集落の暮らしの魅力を広く知ってもらい、定住人口を増やす対策も不可欠になる。
そのモデルになり得る小さな変化が日之影町に起きていた。
東京農大卒業後の09年、緑のふるさと協力隊として同町にやって来た岡田原史(もとし)さん(36)。千葉県出身だが、1年の任期終了後も同町に残った。理由は「食べ物、自然、人の温かさ」。同協力隊に続く集落支援員(同町嘱託)の活動の中で地元の人とさらに仲良くなり、どんな生活を送り、課題や悩みを知ったことも決断を後押しした。
栗やキンカン、ユズなど地元で生産される果樹がわずかな傷などで規格外となり、廃棄されるのを見て加工品開発に着手。「旬果工房てらす」を16年に起業した。シロップやジャム、栗の甘露煮など約10品目を生産し、丁寧な作業と旬の味で県内外にファンを広げている。
“変化”とは岡田さんが同町に残って以降のことだ。協力隊員は以前、任期終了後に離町するのが定番だったが、地元のわら細工や竹細工といった伝統工芸や田舎暮らしに興味を持ち、任期後もそのまま残るOB・OGが増えてきた。岡田さんを含め累計6人の若者が現在、同町と日向市に残っている。
岡田さんの元には同世代から、同町への移住の相談がしばしば寄せられる。しかし、「空き家はたくさんあるのに、若者の希望に合った住環境をなかなか提供できていない」と打ち明ける。
定住促進のためには雇用の受け皿をつくる、起業や生活面でのサポートを続けるなど「持続性」が必要だ。個のニーズをくみ上げて一緒に解決していこうという地域ぐるみの理解とサポート、意識変革が基盤になる。
中山間地域の維持はそこに住む人だけの問題ではない。山村の景観維持は下流域の災害防止の機能的役割を果たし、各集落で培われてきた固有の文化の集積は本県の多様性を生む。
都市部であろうと山間部であろうと、住民が快適さや豊かさを感じられる地域へ。道は一つではない。それぞれの地域の個性と可能性を掘り起こし、地域再生策に磨きをかけよう。「地方消滅」という圧力に県民総意であらがおう。
【写真】日の出から間もなく、朝の光が差し込みすがすがしい空気の諸塚村立岩地区。過疎化の進む中山間地域の危機を何とか乗り越える年にしたい=2023年12月27日午前