ホーム 社説

米アカデミー賞

2024年3月14日
◆戦争と核兵器をなくす力に◆

 世界各地で戦闘が続き、核兵器使用に対する緊張感が高まる状況で開かれた第96回米アカデミー賞は、戦争と核に向き合った数多くの作品に贈られた。人々が抱いている危機感や平和への願いが、さまざまなかたちで伝わる機会になった。

 作品賞、監督賞など7部門で受賞した米映画「オッペンハイマー」は、第2次大戦中に、米国の原爆開発を主導した物理学者ロバート・オッペンハイマーの伝記映画。日本初の視覚効果賞に輝いた「ゴジラ―1・0(マイナスワン)」は、終戦直後の日本にゴジラが襲来、原爆投下を思わせる熱線や黒い雨の描写がある。長編アニメーション賞に輝いた宮崎駿監督「君たちはどう生きるか」も、戦時中の日本で母を亡くした少年の物語だ。

 それだけではない。国際長編映画賞と音響賞を受賞した「関心領域」は、ホロコーストの現場となったアウシュビッツ強制収容所の隣で、平穏に暮らしていた所長一家の物語。長編ドキュメンタリー賞を受けた「マリウポリの20日間」は、ロシアのウクライナ侵攻直後、ウクライナ南東部の都市マリウポリに入ったAP通信の記者が現地の惨状を記録した映像だ。

 「マリウポリの20日間」の監督が壇上のスピーチで、「絶対にマリウポリの人々が忘れられないでいてほしい」と笑顔も見せずに語った言葉が、今回のアカデミー賞の雰囲気を象徴していた。

 さらに、授賞式会場では、平和を訴える無言の意思表示もあった。歌曲賞を受賞した歌手ビリー・アイリッシュさん、助演男優賞にノミネートされた俳優マーク・ラファロさんら複数が、パレスチナ自治区ガザでの即時停戦を訴える赤いピンバッジを胸元に着けて出席した。意思表明の勇気をたたえたい。

 ところで、今回のアカデミー賞の中心となった「オッペンハイマー」は日本未公開だ。「原爆の父」と呼ばれたオッペンハイマーの栄光と挫折を描いた作品に対して、唯一の被爆国である日本の観客が複雑な心境になるのは確かだし、米国の配給元などが慎重な構えを取ることに一定の理解はできる。だが、もし、映画の作り手たちが作品の力を信じているならば、本来は日本で真っ先に公開されるべきだったのではないか。

 授賞式後の記者会見で「ゴジラ―1・0」の山崎貴監督は「戦争と核兵器の象徴であるゴジラを何とか鎮めるという感覚を、今、世界は欲しているのではないか」と話した。29日にようやく日本公開される「オッペンハイマー」が、戦争と核兵器廃絶へ向けた新たな議論のきっかけとなることを願いたい。

このほかの記事

過去の記事(月別)