宮崎に移住してきた俵万智さん。縁が広がっていくのを楽しみにしている=12日午後、宮崎市の宮崎中央公園
歌人俵万智さん(53)が今月、沖縄県石垣市から宮崎市に移住した。第4歌集「プーさんの鼻」で2006年に第11回若山牧水賞を受賞。日向市で開かれている「牧水・短歌甲子園」の審査員を毎年務めるなど本県と縁があり、創作の拠点として住むことを決めた。「人の縁、地の縁がある宮崎で、暮らしを楽しみながら書く仕事に集中したい」と話している。
東日本大震災後、居住していた仙台市から石垣市に移り、約5年間暮らした。その間、同甲子園の審査や、長男(12)が自然体験に参加している木城町・木城えほんの郷に通うため、年数回は本県に滞在していた。
「宮崎は食べ物がおいしく、人がおおらかであったかい」と好印象を持ち、長男の小学校卒業を機に引っ越した。
宮崎市には同じ短歌結社「心の花」に属し、本紙歌壇選者の歌人伊藤一彦さん(72)や大口玲子さん(46)ら「歌の仲間がいる心強さもある」という。
若山牧水賞運営委員会が昨年12月に発行した「みやざき百人一首」にも、「宮崎のワイン豊かに酌みゆけば土地の縁とは人の縁なり」という歌を寄せていた。
第1歌集「サラダ記念日」発行から30年。短歌やエッセー、書評など幅広い仕事を手掛けているが、今後は日向市東郷町出身の歌人、若山牧水(1885~1928年)について執筆する時間も持ちたいと思い描く。
俵さんは「牧水と(恋に落ちた)園田小枝子の関係について、牧水の作品を読み返したり考えたりする中で、自分らしい仕事ができたらと思う」と語っており、牧水研究にも刺激を与えてくれそうだ。
伊藤さんは「宮崎の人や自然に魅力を感じてくれたと聞いてうれしい。素晴らしい歌人でありエッセイストである俵さんが、宮崎に住んでいる者として今後表現してくださることが楽しみ」と喜んでいる。