2024年12月24日
岐阜大学
金属酵素の活性制御を応用して人工細胞の運命制御に成功
【本研究のポイント】
・特定の金属イオンを刺激として認識し、異なる機能を示す人工細胞を開発しました。
・金属イオンを選択的に輸送するイオノフォアを人工細胞膜に結合させることで、人工細胞内の金属依存性酵素を選択的に活性化し、特定の機能を発現させることに成功しました。
・膜に結合するイオノフォアの種類や順序が、人工細胞内での酵素活性化の順番を決定し、最初に活性化された酵素がその後の細胞運命を決定することを実証しました。
【研究概要】
本研究の概要図
【画像:
https://kyodonewsprwire.jp/img/202412202086-O4-vXgbP634】
岐阜大学高等研究院の東小百合 特任助教は、ドイツ・ミュンスター大学のSeraphine V. Wegner教授らとの共同研究により、巨大リポソーム内の金属酵素の活性を制御する技術を確立し、外部からの刺激 (金属イオン) に応じて異なる運命を辿る人工細胞の開発に成功しました。
近年、細胞現象の理解およびバイオ材料への応用を目指し、人工的に細胞を創る試みが活発に行われています。これまでは、多くの中から1つの細胞現象に絞って再構築する研究が進展してきました。一方、今後の課題は、多くの細胞現象を1つの人工細胞で再現することにあります。私たちの細胞は細胞膜上にトランスポーターやチャネル、受容体など様々な膜タンパク質を持ち、周囲の変化に応じた機能を発揮します。
本研究では、細胞サイズの巨大リポソーム膜に特定の金属イオンを透過させるイオノフォアを結合し、輸送された金属イオンによって異なる機能を示す人工細胞を開発しました。互いに機能の異なる3種類の金属(依存性)酵素を巨大リポソームに同時に内包することで人工細胞を作製し、イオノフォアによる金属イオン輸送で金属酵素の活性を制御することに初めて成功しました。さらには、最初に活性化された金属酵素が人工細胞の運命を決定し、他の経路の活性化を抑制する仕組みも実証しました。
本研究成果は、2024年12月23日にNature Chemistry誌のオンライン版で発表されました。
【研究背景】
近年、人工細胞の開発が活発に行われています。具体的には、細胞の構成因子を用いた構造や機能の模倣により、細胞現象の理解や自律的に動くバイオ材料への応用を目指した取り組みが進められています。細胞の持つ機能を模倣する研究として、遺伝子発現(複製・転写・翻訳)、 ATP(アデノシン三リン酸)生成、複数の酵素反応からなる代謝、細胞分裂や融合、細胞同士の接着や情報伝達といった重要かつ基礎的な機能を示す人工細胞の開発が進められてきました。しかし、既存の人工細胞の多くは、これらの機能のうち1つの機能に焦点を当て、外部刺激に応答してその機能が発現するよう設計されています。一方で、実際の細胞はこれらの機能を全て備え、細胞内外の環境の変化を刺激として認識・応答して特定の機能を示す高度な適応性を持っています。このように周囲の環境に応じて異なる機能を示す人工細胞の開発は世界的にも先行例がほとんどありません。
【研究成果】
岐阜大学の東特任助教は、ドイツ・ミュンスター大学のWegner教授らとともに、巨大リポソーム (Giant unilamellar vesicles, GUV)注1 を人工細胞膜として使用し、リポソーム内部への生体分子の封入および人工細胞膜を工夫し、新しい機能を持つ人工細胞の開発に取り組んでいます。
本研究では、細胞の適応性を人工細胞で模倣し、3種類の異なる刺激に応じた機能を示す人工細胞の開発を目指しました。人工細胞での適応性の実現には、外部刺激を内部に正しく届ける仕組みが重要です。細胞では、細胞膜上に発現しているトランスポーターやチャネル、受容体といった膜タンパク質が、細胞膜を通過できない物質を輸送または結合することで多様な反応 (細胞現象) が起こります。本研究はこの仕組みに着想を得て、特定の刺激を内部に届けるトランスポーターを人工細胞膜に結合させました。具体的には、巨大リポソーム内に互いに異なる機能を示す3種類の金属(依存性)酵素注2 を内包することで人工細胞として扱いました。各金属酵素の活性は細胞膜に結合させたイオノフォア注3 による金属イオン輸送で制御が可能です。この設計により、人工細胞外部の特定の金属イオンがイオノフォアを介して細胞内に輸送され、対応する金属酵素のみが活性化して機能を発揮することが期待されました。実際、人工細胞外部に3種類の金属イオンを共存させた環境で特定のイオノフォアを細胞膜に結合させると、イオノフォアの選択に応じて異なる機能を示すことが証明されました (図1)。これにより、実際の細胞に近い適応性を人工細胞に付与することができたと言えます。
【画像:
https://kyodonewsprwire.jp/img/202412202086-O5-seNfI057】
図1. 人工細胞の設計 a) 3種類の金属酵素: ウレアーゼ、ガラクトースオキシターゼ、ホスホリパーゼA2はそれぞれ特定の金属イオン (Ni2+, Cu2+, Ca2+) と結合すると活性化され、細胞内pHの上昇、過酸化水素 (H2O2) の発生、細胞膜を分解する機能を示す。 b) 3種類の金属酵素を内包させた人工細胞に金属イオンを外部に共存させた状態からイオノフォアA, BまたはCを細胞膜に結合させた時の蛍光顕微鏡画像。マゼンタ色は人工細胞膜を示している。青色はpHセンサー、緑色はH2O2センサーの蛍光に由来し、蛍光強度の増加はそれぞれpH上昇とH2O2濃度上昇を示す。
一方、3種類のイオノフォアを同時に細胞膜に結合させると、いずれの金属イオン輸送も抑制されることが明らかとなりました。分子動力学 (MD) シミュレーション注4 の結果、細胞膜内でイオノフォア間に相互作用が働くことで細胞膜内での移動が抑制され、金属イオン輸送を妨げている可能性が示唆されました。さらに、3種類のイオノフォア (A, B, C) を異なる順序で細胞膜に結合させると (例: A→B→C、B→A→C など)、後から細胞膜に結合したイオノフォアに対応する金属酵素の活性化レベルが顕著に低下することを発見しました (図2)。すなわち、細胞膜に結合するイオノフォアの順序が金属酵素の活性化レベルに影響を与えることを発見しました。以上より、開発した人工細胞においてイオノフォアが細胞運命の決定因子として機能し、最初に活性化された金属酵素が人工細胞の運命を定め、他の経路の活性化を抑制する仕組みが実証されました。
【画像:
https://kyodonewsprwire.jp/img/202412202086-O6-v7WOQ02A】
図2. イオノフォアが人工細胞の運命を決定する a) 3種類のイオノフォアを同時に細胞膜に結合させると、いずれの金属イオン輸送も抑制される。 b) 3種類の金属酵素を内包させた人工細胞に金属イオンを外部に共存させた状態から20分おきにイオノフォアをA, B, Cの順序で細胞膜に結合させた時の蛍光顕微鏡画像。pHセンサーの蛍光強度はイオノフォアAの膜結合後、顕著に増加が見られた。一方、その後のイオノフォアBによる膜結合ではH2O2センサー蛍光強度の増加が図1bに比べて顕著に低い。さらに最後にイオノフォアCによる膜結合ではCa2+輸送で細胞膜分解が誘導されるはずであるが、橙色で示される蛍光色素 (Sulfo-Cy5) の蛍光強度に減少が見られないことから、ほとんど誘導されていない。
【今後の展開】
開発した人工細胞は、外部刺激 (金属イオン) を細胞内部に届けるトランスポーター (イオノフォア) の選択によってのみ異なる機能を発現するシステムです。実際の細胞では、細胞膜に多種多様な膜タンパク質が発現した状態から外部刺激が入力されることで細胞は特定の反応を示すため、厳密に言うと実際の細胞と開発した人工細胞では外部刺激に対する応答方法が異なります。しかし、異種イオノフォア (AとB, AとC など) が細胞膜内で互いに金属イオン輸送を妨げるという新たな発見により、細胞膜へのイオノフォアの結合順序が人工細胞の運命を左右するというさらなる発見にもつながりました。ある機能が発現すると同時に潜在的に持つ他の機能発現が抑制されるこの現象は、細胞の初期状態である多能性幹細胞注5 の細胞分化で見られる制御機構と類似するという見方もできます。したがって、細胞分化を模倣した『多能性人工細胞』の設計に本研究が重要な指針を与えることが期待されます。
【用語解説】
注1 巨大リポソーム (Giant unilamellar vesicles, GUV)
細胞膜モデルとして使用される、細胞サイズのリポソーム。内部に物質を封入できるため、人工細胞の構築に用いられている。
注2 金属(依存性)酵素
活性化に特定の金属イオンを必要とする酵素。金属イオンの種類によって反応の特異性や活性が変わり、実際の細胞内において重要な役割を担う。
注3 イオノフォア
特定の金属イオンの膜透過性を高める分子群。細胞膜を介して特定の金属イオンを濃度勾配にしたがって輸送させることで、細胞内外のイオン濃度や酵素活性を制御する。
注4分子動力学シミュレーション
Molecular Dynamics (MD)計算とも呼ばれ、分子や原子の相互作用を計算し、構造や機能の挙動の予測に用いられる。
注5 多能性幹細胞
自己複製しながら、複数の異なる細胞系統(神経細胞、筋細胞、血球など)に分化できる能力を持つ細胞。発生初期において体のさまざまな組織や臓器を形成する細胞源として重要。細胞の初期状態である多能性幹細胞は、遺伝子発現の調整や転写因子のフィードバックループの形成、成長因子やホルモンなどの外部シグナルの入力などの制御機構により、潜在的に持つ多様な機能の中から特定の機能を発現すると同時に他の機能の発現が抑制されることで最終的な分化が成立する。
【論文情報】
雑誌名:Nature Chemistry
論文タイトル:Adaptive Metal Ion Transport and Metalloregulation-Driven Differentiation in Pluripotent Synthetic Cells
著者:Sayuri L. Higashi,# Taniya Chakraborty,# Yanjun Zheng,# Azadeh Alavizargar,
Andreas Heuer, Seraphine V. Wegner* (#: equal contribution)
DOI:
10.1038/s41557-024-01682-y