(3)収容生活
2024年8月30日
ソ連兵が「女を出せ」と殺到/恐怖の日々 長男誕生
北緯38度線から北をソ連が、南を米国が統治した戦後の朝鮮半島。北部にある満浦(まんぽ)の日本人は、共同生活を強いられた。小林出身の栗屋靖=当時(28)=と生き別れた、身重の妻房子=同(23)=が収容されたのは、鉄道の寮の8畳間。外出はできたが、家族4人を含む8人が同部屋だった。(敬称略)
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戦後に引き裂かれた両親について記した手記に目を落とす(右から)長男の栗屋亮、次男の勉、長女の松元恵美子=小林市
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