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気仙沼よ~東日本大震災

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カツオ一本釣り船同乗ルポ(1)出港

2011年8月25日
「三陸沖で勝負したい」 水揚げ復興の力に

 北上するカツオの群れが好漁場として知られる三陸沖に近づき、一本釣り船が最も忙しい時期を迎えた。本県船団も、長く操業基地としてきた「第二の古里」宮城県気仙沼市で水揚げを始めている。今年、その気仙沼市は東日本大震災に被災。漁師たちは「水揚げを通して、少しでも復興の力になりたい」と願う。震災後初めて気仙沼へ向かう日南市南郷町・外浦漁協所属の第七十八福徳丸(年見口健船長、119トン)に同乗し、漁師たちの思いや、17年連続水揚げ日本一を誇る本県カツオ漁を体感する。(報道部・奈須貴芳)

 24日午前11時、この日まで操業基地としてきた千葉県勝浦市・勝浦港を出発。間もなく、漁師たちが塩や一升瓶に入った焼酎をまき始めた。船全体を清めるのだという。漁労長の河野功さん(44)は漁の神様「船だまさん」がまつられた神棚に焼酎を供え、大漁と航海の安全を祈願。漁業は漁獲が不確実で、常に危険と隣り合わせなことから、習わしを重視するのだ。

 初日の大きな仕事は、一本釣りに欠かせない生き餌(カタクチイワシ)の積み込み。当初、勝浦港内に買い回しされている餌を使う予定だったが、状態が悪くて数も少なく、急きょ神奈川県三浦海岸沖の餌場へ向かった。

 3時間以上かけて到着すると、船は生き餌が入ったいけすに船を横付けし、バケツリレーの要領で船のいけすに積み込む。生き餌の生きの良さが漁に直結するため、漁師の顔も真剣そのもの。気仙沼市でカタクチイワシをとる定置網が被害を受け、餌の確保が問題視されたのもうなずける。1杯4千円の生き餌130杯が、瞬く間に船のいけすに吸い込まれた。

 約1時間後、船は東へ移動。途中、船酔いには強いはずだったが、ソーセージやキムチ、豆腐などごちそうになった食事をすべて吐いてしまった。そんな記者を横目に平然としている漁師たちのたくましさがうらやましい。

 そうこうする間に、船には全国の漁船の水揚げ情報がファクスで逐一入ってきた。気仙沼港では2千万円ほど水揚げしている船もあるという。河野漁労長も「一本釣りは年間のトータルで利益が決まる。早く三陸沖で勝負したい」と気持ちを高ぶらせていた。

 今回は気仙沼へ行くための漁でもあり、漁師たちは特別な思いを持っているようだ。気仙沼は例年、三陸沖での操業基地として1年の半分を過ごしてきたため、震災後は船の中でもよく話題に上ったという。無線局長の矢野拓さん(39)は「気仙沼がどういう状況なのか想像できない。早く友人に会いたい」と話してくれた。

 船は夜も休まず航行し、一路気仙沼へ。「第二の古里」への思いを胸に、荒波を切り裂いて、三陸沖の南端に接する千葉県沖へ向かった。

【写真】カツオ一本釣り漁に必要な餌のカタクチイワシを積み込む漁師たち=24日午後2時22分、神奈川県三浦海岸沖

カツオ一本釣り船同乗ルポ(1)出 港2011年8月25日付
カツオ一本釣り船同乗ルポ(2)初 漁2011年8月26日付
カツオ一本釣り船同乗ルポ(3)生 活2011年8月27日付
カツオ一本釣り船同乗ルポ(4)河野漁労長2011年8月28日付
カツオ一本釣り船同乗ルポ(5)最年少2011年8月29日付
カツオ一本釣り船同乗ルポ(6)入 港2011年8月30日付