現地リアルタイムルポ(1)仮設住宅
2011年9月9日
「寄り添い生きる」 進む復興にも傷癒えず
東日本大震災の大津波被害を免れた高台にある仮設住宅はシルバーメタリック調のプレハブで、どこか無機質な感じがした。日南市の近海カツオ一本釣り船が水揚げする気仙沼市魚市場(宮城県気仙沼市)から車で南へ約20分進んだ階上地区を8日訪ねた。公園で無邪気に遊ぶ子どもたちの声だけは、生活のにおいを届けているように思えた。
仮設住宅は50戸あり、約200人が生活。敷地内には木陰にベンチや机があった。一軒一軒の間隔は2メートルほどか。ここで、長女梨香さん(31)が日南市南郷町のカツオ漁師・竹下直樹さん(37)と結婚し、気仙沼で暮らしていたという藤田康悦さん(62)を訪ねた。
住宅は6畳1部屋、4畳半2部屋の計3部屋。ここに妻とよ子さん(56)と長男純一さん(34)一家の計6人で肩を寄せ合って暮らしている。ただ、家財道具はそろい「生活に苦労はないよ」と康悦さん。家族の表情は思いのほか明るかったが、純一さんの妻望さん(29)は「雨が降ると『津波が来る』と泣き叫ぶ子供の声がしてね」と、この住宅を包む重い空気を語ってくれた。
震災で、康悦さん夫婦は家を失い近くの階上中の避難所へ。長男一家は妻望さんの実家で暮らすことになったという。ただ、長女梨香さんは日南市南郷町に家族4人で移り住むことになり、「南郷の親戚に親切にしてもらっている」と感謝していた。
康悦さんは避難所生活の様子を「余震のたびにおびえた」「小さな子供のいる家族は、子供が泣きだすと気を使って外に出ていた」と話してくれた。しかし、「避難者同士のいざこざもあってね」と語ると途端に口をつぐみ「この半年。同じ被災者でも傷は人によって違うことが分かった。だから寄り添っていかないとね」と言った。長男一家と仮設住宅に入ったのは8月だっだ。
とよ子さんに自宅があった杉の下地区を案内してもらった。海岸から約100メートルと近い。到着すると、がれきの撤去が進んでいるのだろう、まるで空き地だ。そこを一人で歩く女性を見掛けた。とよ子さんは「毎日家族を探してるのよ」とつぶやいた。
気仙沼市によると、仮設住宅は市内に3千戸以上あり、7169人が暮らしている(5日現在)。一方、今も606人が避難所生活で、仮設住宅の建設も続く。復興は徐々に進んでいるように感じるが、藤田さん家族に話を聞いていると、精神的な傷は癒えないという当たり前のことが身に染みて分かった。
東北3県を中心に甚大な被害を与えた3月11日の東日本大震災から、間もなく半年が過ぎようとしている。カツオ漁を通じて本県と関係が深い気仙沼市を歩きながら現状や課題をリポートする。(本社報道部・道久聡)
【写真】所狭しと並ぶ仮設住宅。外を歩く人はまばらだが、近所の公園では子どもたちが無邪気に遊んでいた=8日午後5時10分、宮城県気仙沼市階上
東日本大震災の大津波被害を免れた高台にある仮設住宅はシルバーメタリック調のプレハブで、どこか無機質な感じがした。日南市の近海カツオ一本釣り船が水揚げする気仙沼市魚市場(宮城県気仙沼市)から車で南へ約20分進んだ階上地区を8日訪ねた。公園で無邪気に遊ぶ子どもたちの声だけは、生活のにおいを届けているように思えた。
仮設住宅は50戸あり、約200人が生活。敷地内には木陰にベンチや机があった。一軒一軒の間隔は2メートルほどか。ここで、長女梨香さん(31)が日南市南郷町のカツオ漁師・竹下直樹さん(37)と結婚し、気仙沼で暮らしていたという藤田康悦さん(62)を訪ねた。
住宅は6畳1部屋、4畳半2部屋の計3部屋。ここに妻とよ子さん(56)と長男純一さん(34)一家の計6人で肩を寄せ合って暮らしている。ただ、家財道具はそろい「生活に苦労はないよ」と康悦さん。家族の表情は思いのほか明るかったが、純一さんの妻望さん(29)は「雨が降ると『津波が来る』と泣き叫ぶ子供の声がしてね」と、この住宅を包む重い空気を語ってくれた。
震災で、康悦さん夫婦は家を失い近くの階上中の避難所へ。長男一家は妻望さんの実家で暮らすことになったという。ただ、長女梨香さんは日南市南郷町に家族4人で移り住むことになり、「南郷の親戚に親切にしてもらっている」と感謝していた。
康悦さんは避難所生活の様子を「余震のたびにおびえた」「小さな子供のいる家族は、子供が泣きだすと気を使って外に出ていた」と話してくれた。しかし、「避難者同士のいざこざもあってね」と語ると途端に口をつぐみ「この半年。同じ被災者でも傷は人によって違うことが分かった。だから寄り添っていかないとね」と言った。長男一家と仮設住宅に入ったのは8月だっだ。
とよ子さんに自宅があった杉の下地区を案内してもらった。海岸から約100メートルと近い。到着すると、がれきの撤去が進んでいるのだろう、まるで空き地だ。そこを一人で歩く女性を見掛けた。とよ子さんは「毎日家族を探してるのよ」とつぶやいた。
気仙沼市によると、仮設住宅は市内に3千戸以上あり、7169人が暮らしている(5日現在)。一方、今も606人が避難所生活で、仮設住宅の建設も続く。復興は徐々に進んでいるように感じるが、藤田さん家族に話を聞いていると、精神的な傷は癒えないという当たり前のことが身に染みて分かった。
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東北3県を中心に甚大な被害を与えた3月11日の東日本大震災から、間もなく半年が過ぎようとしている。カツオ漁を通じて本県と関係が深い気仙沼市を歩きながら現状や課題をリポートする。(本社報道部・道久聡)
【写真】所狭しと並ぶ仮設住宅。外を歩く人はまばらだが、近所の公園では子どもたちが無邪気に遊んでいた=8日午後5時10分、宮城県気仙沼市階上
現地リアルタイムルポ(1)仮設住宅 | 2011年9月9日付 |
現地リアルタイムルポ(2)魚市場 | 2011年9月10日付 |
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